夏目漱石と岩本公水
県外で生活している娘が5月に帰ってくるというので、部屋の整理をしていたら、娘が10数年前に買ったのであろう文庫本を数冊見つけた。
その中に、夏目漱石の名作「文鳥」があった。
小説でも随筆でも感想でもない「小品」と呼ばれる独自のジャンルの作品で、自由な語り口で淡々とした筆致の短編である。
漱石の文鳥といえば、それをモチーフに表現している岩本公水の「文鳥」であり、先週のコンサートの感動が鮮明に残っている。
早速読んでみた。
岩本公水の歌の中では、籠から逃げた文鳥に、過ぎ去った束の間の幸せを重ね合わせ、愛するものへの愛しさと女心の哀切を表現している。
漱石の「文鳥」は、逃げ出すのではなく家人のちょっとした不注意から文鳥があっけなく死んでしまうのである。
漱石の日常に唐突にあらわれた文鳥は、束の間に横切って消えていった。
そこに、生きることのはかなさと、その裏返しとしての残酷さを描いているのだろう。
漱石の文鳥も岩本公水の文鳥も、どちらも切ない孤独な心持ちを感じさせる作品である。
あらためて、岩本公水の「文鳥」を聞きながら、漱石の「文鳥」を読み返してみる。
ところで、漱石の「草枕」と同名タイトルで、岩本公水の復帰一作目に「草枕」という楽曲がある
これらは内容が異なっており引用はしていないようであるが、草枕から文鳥へと続いてくると、夏目漱石を意識しているのだろうか・・・と思いたくなってしまう。
そんなことより、岩本公水の歌唱からも夏目漱石の作品からも、ふかい情感に裏付けられた新鮮な表現を手に入れたように思う。
当ブログも斯様にありたいものである。
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小さなライブハウスで、キャパシティ55席のところに40数名が来場。
佛谷山(プルコクサン)の伏流水で醸造した韓国伝統ドンドン酒で、加熱処理されていない「本生」。
原材料として米100%を蒸さずに使用するとあったので、酒臭さに期待していたのだけれど、みごとに裏切られた。
とっくにあきらめて、陰ながらコンサートの成功を祈っていたオヤジの元へ、なんと、当選はがきが送られてきました。v(^ ▽ ^)v









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