--前半の話はこちら--
綾太郎には、いくらか探す当てがあった。
のっぺらぼうは、普段仮の顔をつけていて見分けが付かないけれど、急に声を掛けられて振り向いた時は、のっぺらぼうのままだという。
だから、男に出会ったという大川の橋の袂で、通る男に手当たり次第に後ろから声を掛けてみて、振り向いた顔がのっぺらぼうな奴を捕まえるという何とも安易な考えであった。
気楽な性格である。
早速、夕刻になると酒徳利を抱えて大川端の柳の根元の大石に座って、通り過ぎる若い男に「おい」と声を掛けはじめた。
返答も考えておいた。
「知り合いの銀次かと思ったんだ。人違いのようで申し訳ない」
何十人に声を掛けたであろうか。
陽も沈みかかったので次で最後にしようと思っていると、大店の奉公人風の痩身の男が通りかかった。
「おい、そこの人・・・」と綾太郎は声を掛けた。
正に振り向いた顔はのっぺらぼうであった。
慌てて逃げようとする男に「待て!」と一喝する綾太郎の雷撃のような声。
剣の達人とは、声だけで人を切ることができるのだろう。男はビクッとしたっきりそのまま立ちすくんでしまった。
「お前が、娘っ子達を朝まで勾引(かどわ)かしていた奴かい」
「命を取るつもりは無いから安心しな。まあ、こっちへきて傍に座りな」
観念した男は、子持ち縞の長着の襟を合わせ直して、綾太郎の横へ身を縮混ませるようにして座った。
「どうして、こんな悪さをするのだ」
綾太郎の勧める猪口を両手で遮って男は話はじめた。
「こんな私にだって、二年前まで一緒に暮らしていた女房子供がいたんです・・・」
「だけど魔が差したんでしょうかね。儲け話にだまされて借金を作ってしまい、女房子供に類が及ばぬようにと離縁したんです」
「だました奴を殺したいくらい憎みましたし、滅茶苦茶辛かったです」
気持ちを抑えるように一言間を置いて
「そんな思いが人間不信を強くしたんでしょう。感情を表に出すこともなく自分の心を見せない人間になってしまいました」
「そして、気が付くと、のっぺらぼうになっていたんです」
「しかし女房や子供とは嫌いで分かれた訳じゃないので、昔の暮らしが恋しくてたまらなくなるんです」
「それで年恰好の似た娘さんや子供を見かけると一緒に居たかったので、ついこんなことをしてしまいました」
憐れみを請う作り話のようではあるがまんざら嘘では無さそうだし、たとえ嘘であったにせよ観念している相手を責めるのは可哀相だから、だまされた振りをしてやろうと綾太郎は思った。
「それは可哀相な話であるが、だからといって無垢な子女達を朝まで帰さないのは良くない。親の心配する気持ちはお前も解るはずだ」
「人を信じるようにすれば、顔もいずれ戻ってくるであろう」
綾太郎は、うなだれている男の肩を軽く叩いて言った。
「金輪際悪さをしないと誓うなら、今回は許してやろう」
それを聞いた男は、目の無い顔を上げて綾太郎を見つめ
「お侍様、有難うございます。もう二度と悪さはしないとお約束いたします」
「お許し下さったお礼に、絵が動き音の出る不思議箱をお宅へお届けしておきます」
のっぺらぼうの目の位置辺りに涙のような滴が光っていた。
綾太郎が帰ってみると、言葉どおり小さな箱が部屋の真ん中に置いてあった。
確かに、箱に描かれた絵が本当の人間のように芝居をしたり曲芸をみせてくれるではないか。
夢中になって見入っていると、朝の一番鶏の鳴く声が聞こえた。
「コケコッ・・」という声が聞こえるや否や一面が真っ白になり、私は夢から覚めた。
現実に戻った私の目に最初に入ったのは、シャーシャーという音がしている真っ白なテレビ画面であった。
昨夜テレビをつけたままで寝入ったのであろう。
ノイズの粒々模様が入り乱れる画面がのっぺらぼうの顔に見えた。
(完)
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